詩的介護

Ⅲ.父の入院と介護

温度差

「あ、お蕎麦屋さんが来た」どこかの病室のドアがバタンと開く音が聞こえるとベッドに寝ている父が言った 父の病室にお蕎麦屋さんが来るわけないが父はお腹が空いてるのかなと思いながら認知症の思考回路には逆らわず私は、「あ、そう」と相槌をうった 誤嚥...
Ⅲ.父の入院と介護

夜明けの着信

夜明けの着信で父の危篤を知り慌てて支度をして病院に到着すると 肺炎で今晩が山場だと聞かされた 2-3日前に電車で2時間ほどかけて老健まで父に会いに行った時には特に変わった様子もなかったが 会わせたい人がいたらすぐ呼んだほうがいいそして心肺停...
Ⅲ.父の入院と介護

横紋筋融解症

父が立てなくなってしまったのは横紋筋融解症(おうもんきんゆうかいしょう)という聞きなれない名前の病気のせいだった 生まれて初めて聞いたこの珍しい病名が不思議でたまらなくて何度も反芻してオウモンキンユウカイショウを記憶にしっかり留めた 父が救...
Ⅲ.父の入院と介護

別世界

朝、自室で目を覚ますと部屋中が煙だらけで真っ白になっていた 火事!? 何が起こったかわからないがとにかくただ事ではない! 慌てて飛び起きて1階まで階段を降りていくと 自室よりもさらに真っ白の密度が濃い煙と焦げた臭いのキッチンで父が「火事だ、...
Ⅲ.父の入院と介護

こぼれたミルク

温めたミルクをマグカップで椅子に座る父が差し出した両手の中において私が手を離すとちゃんと持っていることができずにこぼしてしまった 眠たかったのかもうマグカップを受けとる力さえ残っていなかったのか 父はお腹の調子を気にしてか自分でミルクをあた...
Ⅲ.父の入院と介護

選手交代2

そんなにたくさん飲んだら駄目だよと言うと たくさん残ってるしたまには沢山のんだ方が体にもいいんだと父が答えて 割と従順に父に従うことの多かった母もそれに続いてそうそう、たまには沢山のんだ方がいいと同調する 父が、父自身と母の食後に飲む薬を一...
Ⅲ.父の入院と介護

選手交代

両親が2週間に一度の診察で処方してもらう薬 父が薬局に寄って薬をもらってきたはずなのに 薬の入った袋がどこにも見当たらない もらってきてここに置いておいたのにない、ない、と父が不機嫌に騒ぎ立てるので 私も一緒になって探すがどこにも見あたらず...
Ⅲ.父の入院と介護

自転車回収

会社が午前半休の日だったので身支度を整えてそろそろ仕事に出かけようかという時に家の電話がなった 丁度電話の近くにいた私が受話器を取ると 救急車の隊員の方からで父が自転車で転んで病院に運ぶところだが父のかかりつけの医者があれば教えてほしいとの...
Ⅲ.父の入院と介護

よちよち君

足腰が弱って歩幅が狭くなり床からあまり足をあげずすり足のようによちよちと歩くようになった父を 私は心の中で「よちよち君」と呼んでいた 歩幅の目安は「身長×0.45」らしいが 180センチ近い身長の父のその頃の一歩は5センチもなかったようにも...
Ⅲ.父の入院と介護

ヤギ男

食が細くなり床屋にも行けなくなり髭もそらなくなった父 顔が細くなりざんばら髪で伸びるに任せた無精髭 父の顔をまじまじと見るとまるで山羊のようだと思った もちろん、こんなヤギ男になるまで放っておいたわけではない 長年、母の介護をしていたので父...